龍神伝説の地、龍尾寺について

今、「佐倉市域の歴史と伝説」という書籍を執筆中です。
「佐倉・城下町400年記念」の事業の一環で、佐倉市や酒々井町の教育委員会の方々他、関連諸機関に大変な協力をいただいて作業をすすめております。
本書について、出版日やら何やらが決まりましたら、本ブログで紹介させていただきます。

さて、その書籍の取材で、龍尾寺に行って参りました。
印旛沼には、実にたくさんの伝説があるのですが、その中でも特に有名な話の一つに「印旛沼龍神伝説」があります。

奈良時代におきた大干ばつで、印旛沼周辺の農民が餓死者を出すほどの事態となった折、その窮状を見かねた印旛沼の龍神が天に上り雨を降らせます。そのおかけで、周辺の農民たちは救われるのですが、天帝の許しなく雨を降らせた龍神は天帝の怒りをかい、体を三つに切断されて外界に投げ落とされます。
無惨に切られた龍神の亡骸を見た村人たちは嘆き悲しみ、龍神の頭が落ちた地に龍角寺、胴体が落ちた地に龍腹寺、尾が落ちた地に龍尾寺を建立して、永く龍神を祀ったのでした。

という伝説です。
さて、上にあげたそれぞれの寺は、どれも佐倉市にはないのですが、いわゆる下総の地の中という意味では当時の行政区内です。しかし、佐倉からみると、尾が落ちた地だけやけに遠い・・・。
というわけで、取材に行くのを先延ばししていたのではありますが、兄が同行してくれるということで思い切って行ってきました。旅は道連れ世は情けです。

 

千葉県匝瑳市大寺1856

佐倉からは、とにかくひたすら296号線を東にひた走ること1時間以上、場所はとてもわかりやすいところにありました。
奈良時代といえば、ご存知「なんと(710年)おおきな平城京」ということで、奈良に都があった710年から794年までの八十年あまりですから、時代区分としてはとても短い期間です。
伝説によると、龍角寺だけは「龍神の死」より前に、すでに龍閣寺という名前で彼の地(千葉県印旛郡栄町龍角寺239)にあったとのことです。よって、あくまで伝説では、龍尾寺と龍腹寺は「龍神の死」と、ほぼ時を同じくして建立されたことになります。
さて、以下の表は、これら3つの寺の情報をまとめたものです。

  宗派 所在地 成立年代
龍角寺 天台宗 印旛郡栄町龍角寺 不明
龍腹寺 天台宗 印西市龍腹寺 不明
龍尾寺 真言宗 匝瑳市大寺 不明

3つの寺の成立年代を「不明」としたのは、少なくとも今の時点で、頼れるまっとうな書物が手元にないためです。ネットで出回っている情報の孫引きは、やはり危険ですので。
ただ、こういう表を詳細に落としこんで、周辺の文化や時代背景や為政者の性質などを地道に調べていくと、なぜこの三寺が龍神伝説の聖地として「選ばれたのか」の仮説がたてられるんだろうと思います。
そんなわけで、しっかりした書物で情報の整理ができたら、上記の表に少しずついろいろな情報を付加していこうと思います。

今日のところは、取材した龍尾寺の写真をざっとアップしますのでご覧ください。
なお、「佐倉市域の歴史と伝説」には、ちょっと詳しくこのあたりの伝説について書きますのでお楽しみに、ということで。